私の履歴書(塾講2)


塾講師に採用されてはじめて担当したのは昭島(島ではないです)という国立から電車で20分くらいのところにある、いわゆる塾の分校でした。1階がすし屋で、そこの2階から4階が教室になっていました。1フロアーに生徒が30人位はいれる教室が2教室あったと思います。

担当したのは小学6年生のクラスを2クラス、一番上のクラスが10人くらいで、2番目のクラスが20人くらいのクラスです。

これを教えてくださいと渡されたのが、算数「自由自在」という厚さが4cmくらいの参考書というか受験対策書というか、とにかく市販されている教材で、とくにその塾で作成されたというようなものではありませんでした。とりあえず内容をみてびっくり・・・・

鶴亀算とか流水算、過不足算、方陣算、ニュートン算、和差算、などなどなど・・・・

それぞれ、なにやら特殊な絵をかいて解くのですが、まったく分かりません。中学受験の算数はまさにテクニックの嵐です。比の使い方も私にとっては特殊で、とにかく自分に教えられるのか不安でした。

しばらく自分で勉強したところ、とりあえず理解は出来たのですが、同時にそんな解き方に意味あるのかという気持ちがめばえてきて・・・

勿論、図形における相似比の利用などは重要であると思いましたし、実際中学以上の数学においても平面幾何は大切ですが、文章題を絵をかいて解く方法には発展性がないと自分的には結論したので、そこで方程式を教えることにしました。

最初は教えている生徒からも父兄からも「全然分からない」といわれ、まさにブーイングの嵐でした。

そんなある日、国立、昭島、久米川(その塾はそのとき3箇所に教室がありました)3校舎の算数先生が集まって問題を解くという会議がありました。どうも算数の特殊な問題をヨーイドンで解かせて、「ほら方程式なんかで解くより算数で解くほうがはるかにはやいし簡単でしょ?」と私に知らしめるための会議だったようです。

けれど集まった先生十数名の中で、時間内に解けたのは、本校(国立校)で教えているTVにも何度も出ているA先生(なんと学研の百科事典の塾という項目にも写真が出ていますという、その業界でも知る人ぞ知るという先生でした)と私の二名だけ、しかもA先生は1問計算ミスされていて全問正解は自分だけでした(ちょっと自慢?)。それで、むしろ私は算数を方程式で解くことに自信をもってしまいました。算数の教科責任者にあとで呼び出されていろいろ説教されましたが、もはや馬の耳に念仏状態でした。

その話を生徒にしたところ、なら僕らもやってみるってことになって、ようやく軌道にのってきました。しかしなんといっても授業が毎日あるので何度も反復できるということと、とにかく教えている生徒がすごく優秀だったのが軌道にのった一番の理由だったと思います。昭島校の校長先生が、父兄や塾のエライ人からのクレームなどもすべて引き受けてくれていたのも、大きな理由だったろうと思います。

まあ自分がそれしか教えられなかったというのもありますが、けれど今でも小学生は具体的な概念の算数でなければだめ、でも1年たって中学生になれば抽象概念の文字式でなければだめっていうのは、はっきりいって納得出来ませんね。子供によって成長には差があるし、出来る子は数学で解けばいいんじゃないかと思っています。実際、大阪の有名私塾の浜学園などでは、文章題を方程式で教えているようです。結局一番上のクラスの子供たちには、3元連立までどころか、図形は合同や相似の証明、数式も式の展開、因数分解、数列の基礎など、大体中学2年くらいの内容までは教えました。(勿論そこまで教えたのは一番上のクラスの10名だけで2番目からは半数学、半算数ってかんじでした。)

夏に中学2年生の一番上のクラスと、6年生の一番上のクラスの子を一緒に教室にいれて同じテストをして競争させるというわけ分からないイベントをやったのですが、6年生10名が結局1位から9位までしめてしまいました。その中に一人くいこんだ中学生は結局高校受験で開成に合格しましたし、6年生代表で一番悪かった子も、中学受験で武蔵に合格しました。

つまり結論からいうと、その子達は何をどう教えても出来たのだと思います。とにかくめちゃくちゃ頭のよい子供たちでした。けれど入試は残酷です。もしあのとき教えている子供たちが全員第一志望に合格していれば、今塾の講師はやってなかったのではないかと思います。

今こうして塾の先生をやっている理由の大きなものに、生徒が不合格になるたびに、本当に自分は指導しきれていたのかという後悔、そんなのがあると思います。

合格したときの子供の笑顔が好きだからこの仕事を続けているという人がいます。でも自分はそうなのかよく分かりません。なぜなら合格した子供の笑顔はすぐに忘れますが、合格出来なかった子のことは、いつまでも忘れません。

その子達に、もっと頑張れといいながら実は自分にもっと頑張れと言い続けているのです。

今でもはっきり覚えている、合格出来なかった子供たちのことをすこし話してみようと思います。

続きます・・・